MUSID REMIND 椎名林檎 2003/10/21

BGM『幸福論』

椎名林檎、1978年11月25日生まれ。職業、新宿系自作自演屋。
林檎という名前の由来は「子供の頃すぐに顔が赤くなる」為に付けられたあだ名が元になっているが、一時期イギリスにかぶれていた彼女が「イギリス人にも発音してもらえる」と思い立ったのも要因の一つらしい。

ベンジーこと浅井健一やレディオヘッドのトム・ヨークをこよなく愛し、中学3年生頃からプロになることを決意。そして98年、一発目シングル『幸福論』で世知辛い浮世にデビュー。

ポップなメロディーの中に、文語体の日本語を多用した彼女の音楽はたちまち世の中を魅了したが、じつは彼女はこの曲を世に送りだすのは本意ではなかった。
「こんなアレンジの曲がいいなんて、おじさんたちは何を考えているかわからない」と、当時19才の彼女はレコード会社の会議室でひとり、泣いた。

しかし、続く『歌舞伎町の女王』から椎名林檎のポジションが確立。

リッケンバッカー、グレッチ、レスポール、マーシャル、といったギターや楽器メーカーの名前、ファズ、チョーキングという音楽用語、彼女に影響を与えたシド・ビシャス、カート・コバーン、コートニー・ラブ、そして愛してやまないベンジーの名前。

そんなキーワードたちが平然と歌われる彼女の音楽は、ふだんJ-POPなど聞かないコアな音楽ファンをも虜にした。

時に椎名林檎は、女性版“ビジュアル系”ととられることもある。
ライブ会場に集まった、看護婦コスプレのファンを見てもそれが分かる。
ただ、彼女は多分それを喜ばない。
『幸福論』でデビューすることを拒んだ彼女が、5年たった今生み出している楽曲を聞けば、彼女の真意が理解できるだろう。

椎名林檎はただ、椎名林檎なのだ。

椎名林檎『丸の内サディスティック』